chatp 2001年9月11日直後からパリの街角のそこかしこに現れ出した“笑う猫”の落書きを追いかけるドキュメンタリー、という“趣向”の映画。反WTOデモや極右の台頭、W杯におけるサッカー仏代表の惨敗、米英のイラク侵攻といったその後二年間に起こる様々な社会事象がこの作品では、“笑う猫”の図様を執拗に追いかけていく展開の背景とされ、分析されることで異化されていく。夢のあるシニカルとでもいう感じ。
 世事を映し出す場面が次々に流れていくシークエンスで使われる音楽に、イスラムのバグパイプやチベット仏教の声明(しょうみょう)が混じったりする点は興味深い。演出効果に幅を持たせる、コスモポリタンなムードを醸成するなどといった狙いが読み取れるが、昨今のハリウッド映画におけるオリエンタリズム的な使用法にそれはダブる。自覚的であるとすれば風刺の色味もまた変わるが、焦点がブレてくるだけにそうとも思えないところもある。

 作品の後半に入ると、“笑う猫”の図様が実は非常に古い由来を持つらしいことが次第に明らかにされていく。ファン・アイクの<アルノルフィニ夫妻の肖像>のよく知られた中央部の丸鏡にそれは映り込み、ゴッホの<画家のアトリエ>や中世の聖母子図はもとより、ラスコーの洞窟壁画においてすらはっきりと描き込まれているではないか、という具合。
 この作品でもう一つ興味深かったのは、冒頭に上げたデモや選挙、W杯やイラク戦争と同列の“ネタ”として、クルド労働者党を率いたオジャラン氏(Abdullah Ocalan)逮捕を巡る問題が挙げられていたことだ。日本のメディアでは考えられない事態だが、考えてみればたしかにこの問題は大きな国際問題として取り上げるべき要素が強い。自国と自身の、外国人の人権に対する意識の低さを見せ付けられたようで束の間ショックを覚えた。

 以下、日仏会館HPより作品説明文を転載(現在同HP上では削除済):
 パリの屋根の上で笑う猫の絵が頻繁に現れたことは何を示しているのだろうか?2001年9月11日のテロ事件直後、パリの屋根の上に猫たちが現れた。クリス・マルケルは、その「笑う猫たち」の落書きを追いながら、過去2年間の世界の事件について再発見し、分析する風変わりな日記風の作品を撮った。「この作品をMr.猫と、彼のように、新しい文化を生み出しているすべての猫たちに捧げる」(クリス・マルケル)。
 猫としては、なかなか勇気づけられる発言ではないか。


"Chats perchés" by Chris Marker [+scr] / 59min / France / 2004 東京日仏会館 エスパス・イマージュ 2005/1/23・29上映 [過去blogより移行] ☆☆