monstersball0.jpg 静かで良い映画。同じ‘静けさ’でも、何も起きずに終わる平穏な作品よりも、この映画のように周囲に親しい人の死を孕み傷つきながらもタガを外すことなくラストに至る作品の方が、その静謐の度合いに凄みが出る。だから良い、という単純な話にはならないけれど、どちらかといえばこういう作品があたしは好きだ、とは言える。
 人種差別志向の強いある白人の元看守(by ビリー・ボブ・ソーントン)が息子の悲劇に打ちのめされ、やがて死刑囚人の妻だった若い黒人女性(by ハル・ベリー)に惹かれていく。二人は荒々しく体を重ねるようになるが、女は相手が夫の死刑を執行した人間だと知らない、というストーリー展開。

 ハル・ベリーという女優はおそらく初見。かなりいい。こういうオーラを発するような新人は久々だなと思ってネットで少し検索してみたら、アクションやキッズ物を中心に、メジャー系のハリウッド映画にもけっこう出ていた。これだけの表現力があるのだから白人でさえあれば、とも考えてしまうがなかなかどうして、有色人種の溌剌美人系がのし上がるにはこれしかないというキャリアを重ねてきたようで、この作品でアカデミー主演女優賞、めでたいかぎり。むろん白人以外の女優としては初めてだろう。アカデミーで誰がどんな賞を獲ったかなんてこと映画の質本位にみればまず無意味だけれども、彼女が獲ったことは2001年末の米社会的には多分意味があったはず。

 また“チョコレート”という邦題もとても良い。英語がかなりの普及している今日でも、原題をそのままカタカナにすると別のニュアンスを持ってしまう場合にはやはり、こういうところで配給会社のセンスが問われてくる。語自体の文字通り甘い印象もさることながら、原題の"Monster's Ball"(怪物の舞踏会)が作品の文脈的に持っている不気味さも、本編中で女の連れ子が見せるチョコレートへの異様な執着によりうまく引き継ぎえていると思う。もちろん肌の色への艶やかな見立ての意図もあるだろう。ただこの作品の日本公開時には、ほぼ同時期に公開されたジュリエット・ビノッシュ&ジョニー・デップ主演作“ショコラ”とのあいだに若干の混乱を生んだのではないかとも思うけど、それはそれであとのお祭り。
 スイス出身の新鋭マーク・フォースター監督は、ピーター・パンを劇中劇におく次作“ネバーランド”[2004]で、何の因果かそのジョニー・デップと組んでいる。今年3月にアテネの劇場で観たが、こちらも‘静かな’良作だった。


"Monster's Ball" by Marc Forster / Billy Bob Thornton, Halle Berry, Heath Ledger / 111min / USA / 2001
2002年ベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞) ☆☆